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そろばん二大産地めぐり2017③解熱34度!雲州へと陸送される「お荷物」、職人に会う

最終更新: 7月25日

※本記事は2017年に執筆し2018年に月刊珠算情報誌「サンライズ」に連載された記事を再編集して掲載しています。


豪雨の山陰道

1泊3日目、雲州へ向かうため朝日プリント社の山田繁社長と姫路で待ち合わせていました。今井先生の手厚い看病の結果、熱は34度までだだ下がり、フラフラしながら今井先生の車で送ってもらいました。基本は低血圧で朝は低体温なのですが、下がりすぎです。姫路で荷物と「お荷物」を繁社長の車に載せ替え、松江へと向かいました。世間では、北九州と中国・四国地方で豪雨が続いており、テレビで警戒警報が出続けている頃でした。

追記:少なくともこの2017年から毎年、7月初週の土日にこれと似た豪雨被害は続いています・・・

道中、凄まじい豪雨で前が見えず、アイサイトは止まり、夜のように真っ暗。たまに目の前で落ちる雷で昼間のように明るくなるという状態でした。視界ゼロで道は狭く、それでいて高速道路なのでかなりの恐怖を感じています。。そんな中、繁社長が「最近、高速道路でブレーキランプが見えないようにサイドブレーキを引いて車をぶつけさせるっていうヤクザの手口が流行っているらしいんだよね・・・」と物騒な話をし出してより恐怖。当時は暴対法が施行されて間もないという時期でした。 翌日も、豪雨というほどではないですが強い雨に打たれながら車で奥出雲へと向かいます。発熱はなし、腹痛はあり(朝に2時間トイレ篭り)。行きの道で、道は次第に狭くなり、山は深くなっていきます。連日の豪雨による土砂崩れが起きているところを見かけ、二人で「死にたくないね・・・」なんて話していました。とにかく雨が凄く、奥出雲は山を越えた先にあるのです。


奥出雲町到着

この日お世話になったのはワンタッチそろばんを発明した玉算堂社。待ち合わせのカフェの厨房から社長が現れ、コーヒーを御馳走になりお勘定をせずに出てしまいました。社長曰く、「瑞雲さんはシャイな方なので、私が同行して説明をします。」とのことでした。あと、カフェのシステムが謎でしたが「アレで大丈夫」とのこと。 

 車で5分もかからないところに瑞雲さんの工房はありました。 瑞雲さんは、本当に静かな方でした。「わざわざこんなところまで・・・」「何もお構いできませんが・・・・」とおっしゃった後、すぐにそろばん作りへと戻られました。この時は5万円のツゲ玉そろばんを20丁程、枠を紙やすりで磨いてピカピカにする工程の最中でした。140ほどあるそろばん作りの工程を20丁程度ずつのロットで繰り返していくそうです。

----そろばん職人は弟子入りをすると、まずは住み込みで師匠の手伝いと、そろばん作りのために必要な100以上の道具を手作りするところから仕事が始まります。いわゆる徒弟制度で弟子の期間中は衣食住が保証される代わりに給料が出ません。師匠たちは、皆良い人だけど弟子にはノミを投げたりと苛烈な人が多かったようで、どんどん弟子志望者が減っていったそうです。昔のそろばん塾も似たようなものだと思うので個人的には気になりませんでしたが、住み込み強制・給料なしの徒弟制度は今時分には厳しすぎる条件だなと思います。ここでもまた、そろばん職人が減ってしまった原因を見つけた気がします。そんなお話の中、瑞雲さんの背には、何十ものノミやカンナが立てかけられていました。昔に手作りされたもので、厳しい師弟関係・徒弟制度と長い年月を乗り越えてきた貫禄が出ていました。


①の記事でも書いたとおり、この旅に出るにあたりそろばん職人の前で失礼がないように、そろばん作りの工程を一通り覚えた状態で出かけていました。疑問に思っていた事、見たかったもの全て聞いてみようと思い「備後柘(びんごつげ)は今でも取れますか?」と聞いてみたところ、瑞雲さんがピクッと反応をしました。

備後柘は自然に育った柘の木(柘植とも言う。黄色のそろばん玉材)で、何十年もかけて木の幹が玉一個分の太さにしかなりません。つまり、何十年もかけて育った一本の木で玉が20~30個しか取れません。さらに現在は天然記念物に指定されており採取できません。さらにさらに、荒れ地に生えるため養殖の技術がありません。試しに養殖してみたものは、年輪を積み重ねていないので柔らかく使い物にならなかったそうです。天然モノの備後柘は細かく年輪が刻まれており、硬く丈夫で浮き玉のしにくいそろばんになります。昔の競技そろばんには欠かせないものでしたが、今は海外の柘材が使われています。(右端が備後柘。他の木に比べて極端に細い。)


専門用語を語る若造を認めてくれたのか、瑞雲さんは無言で昔採った備後柘を見せてくれました。ただでさえ貴重な上に少量しか採取できない、凄い木です。自分の梅玉そろばんの材料ももう採取できないので作られることはありません。将来のそろばんのために、野球のアオダモの会のような植林事業を珠算界はしていかなければならないのかもしれません。

 その後もマニアックな質問をどんどんぶつけます。

・「(枠の磨きの工程で)紙やすりを使われていますが、今は砥草の葉は使わないんですか?」(砥草の葉は紙やすりのような葉っぱ)

→静かに砥草の葉を出し、磨いてくれる。紙やすりのほうが便利なので今は使わないそうですが昔使っていたものの残りを見せてくれました。

・「芯竹(桁)を作るのは今でも手作業ですか?」(テレビで、文房具そろばんの芯竹を機械生産しているところを見たことがあったのですが、古い映像で見た限りでは競技用そろばんは手作業でした。)

→静かに「しんこき」作業を見せてくれる。今でも手作業なようです。「しんこき」とは、刃の付いた穴に棒材を差し、引き抜くことで太さを整える作業。何十個もある違う大きさの穴に竹を通して大きさを均等に整えていきます。

・「芯竹に裏表があると聞いたのですが、これを無視したらそろばんの性能は変わりますか?」

→社長「触るとわかります」と、まだ針金のように束ねられた竹材を取り出してくれる。表面(竹の外側)は裏側に比べてつるつるしていました。そろばんの玉を弾く時、斜め上から指の荷重がかかりますが、このわずかなつるつる度で玉の滑りは良くなるようです。また、表裏を整えないと表面が上のものに比べて裏面が上のものの方で引っかかりがあるように感じるそうです。

・「最近手に入らない木材が多い中、煤竹も未来がないように思うのですが大丈夫ですか?」(煤竹は、芯竹の材料で昔の家の屋根材。囲炉裏の煙に燻され曲がり、硬くなる。今時、囲炉裏を使い続ける竹の屋根の家なんてないため、未来がないのでは?と思っていました)

→社長「これに関しては100年分くらい在庫があるから大丈夫です。」 とのことでしたが、100年後はなくなってしまうということです…。


・「玉削りの工程は?」→社長「玉は播州の玉屋さんで一括購入しているので全国のそろばん玉は基本全部、播州製です。」・・・全然知りませんでした。このそろばん会社は玉の質が云々、という評価は最早無くなったということになります。ちなみに昔は手回しの刃付きろくろのようなものを回して削っていました。特に備後柘は硬さが一定ではなく、目で年輪を見て力の強弱を変えないと綺麗な玉ができない上に、柘材に負けて刃こぼれしてしまいます。

・「(玉にツヤを出すための)イボタ蝋で玉を踏む工程は?」(イボタ蝋はイボタノキに付くイボタロウムシの油脂で、ふすまなど木材同士の潤滑剤として使われる天然の蝋粉末。これを玉と一緒に袋詰めして足で踏む工程があります。)

→社長「イボタはその時はいいですが、後々玉の隙間にカスが溜まるので諸刃の剣です。雲州ではあまりしません。」なんとなくそんな気がしていたので、自分のそろばんに使ったことはありませんでした。セーフ!

・「高いそろばんは枠材のつなぎ目が全く見えません。どうなっていますか?」

→社長「安いそろばんは穴の空いた凹枠材と凸がついた枠材を(プラモデルのように)組み合わせています。組み方も直角です。高いそろばんは斜めの組木になっています。組み合わせてから合わせ目を削るので見えなくなります。」


・「裏板があったほうが強固なそろばんになると思うんですけど、それをしない理由はなんですか?」

→社長「強度が変わらないからです。高いそろばんだから工芸品としても綺麗にしようと追加したのが裏板です。高いそろばんは特に、三角形の組み木なのでそれだけでも相当強固です。むしろパーツが多くなる分、部位ごとにかかる衝撃が一定じゃなくなっているかもしれません。」とのことでした。

これに関してはあまりに今までの価値観と違いすぎるお話で、今でも受け止めきれていないのですが社長さんも元そろばん職人というか、職人兼社長という方なので、そうなのです。

ちなみに播州の職人さんは、裏板は剛性に関係あると言っていました。どっちなんだ・・・・

 質問をあらかた終え、瑞雲さんと一緒に写真を撮ってもらい、工房をお暇しました。物静かな方でしたが、作業中にもかかわらず無言で道具を出してくれたり、気を遣ってくれていたのがわかる、そんな職人気質の職人さんでした。