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そろばん二大産地めぐり2017④自分のそろばんが、生まれた場所で深呼吸

※本記事は2017年に執筆し2018年に月刊珠算情報誌「サンライズ」に連載された記事を再編集して掲載しています。

そろばん博物館(雲州そろばん伝統産業会館)

その後、出雲横田駅の横にあるそろばん博物館に行きました。そろばん製作の全工程は数週間がかりじゃないと全てを見ることはできません。お二人の工房を見学してなお、まだ見たいことは多い状態だったのですがこの博物館には全てが揃っていました。

あらゆる材料、道具。様々な種類のそろばん。誰に聞いてもわかることがなかった職人たちの系譜・・・。

その中でも知らなかったこと、特筆したかったことが4点。


・柘材は日・中・韓・台湾の他に、イタリア・トルコ・イラクでも採れるそうです。アジアの気候だから生えるのではなく、コーヒーのように緯度が同じ荒れ地にどこにでも生えるようです。中東が平和になれば再び備後柘のようなそろばんが作れるかもしれません。

・1627年刊行の「塵劫記」という算術書。そろばんについての使用方法が書かれた古書です。答えのない和算の難問が書かれており、その答えを解いた算術家の名が広まる、という感じで複数種類が刊行され、ベストセラーになりました。関孝和もこの書で算術を学んだそうです。連盟のHPなどでそろばんの歴史を調べると名前がよく出てくるのですが、この博物館にありました。テンションが上りました。(何冊か現存しており、上野の国立科学博物館や早稲田大学図書館にもありました。)

・歴代伝統工芸士(そろばん作りの達人)一覧。

左の 写真右上の市田さんが私の使っているそろばんを作られた「永雲」さん。右下の写真・永場さんが、歴代最高のそろばんを作られた(と評価されている)「永臺」さん。他にも雲州でそろばん作りに携わっている人たちの親族がたくさん写っています。

※博物館の建物の窓はそろばんになっています。一般の見学の方は、全て撮影禁止です。

--------------------奥出雲と玉算堂社

そろばん(木工品)の産地は、優れた刃物の産地です。奥出雲は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを倒し、稲田姫を助けた場所です。日本書紀の話に従えば、日本創生の時代から伝説の化物を倒すような刃物の産地なのが奥出雲です。山からは砂鉄が取れ、「もののけ姫」に出てきた巨大なふいごを踏みながら鉄を溶かす「たたら製鉄」を行っていた土地です。

刀剣博物館:我々が到着する直前まで刀打ちの実演をしていたそうで、火のニオイが残っていました。写真は玉鋼の刀身。昔は火縄銃の一大産地でもあったそう。

稲田姫神社:ここは長く宮司がおらず、予算が取れないため雨が漏り崩れそうになっていました。歴史は古く、作りは出雲大社と同じらしいです。社長曰く、予算が取れない上にヤマタノオロチ伝説まで出雲市に持って行かれてしまって悔しい、とのことでした。ちなみに翌日、出雲大社も行きましたが綺麗に整備された大社より、稲田姫神社のほうが昔のままの「歴史」という感じで好きです。


奥出雲の観光スポットを一通り案内してもらい、最後に玉算堂社も見せて頂くことになりました。待ち合わせをした謎のカフェに入り、厨房を抜けるとそこは玉算堂でした。裏口でつながっているようです。

市田さん(永雲)の工房は玉算堂社内にありました。亡くなられた後、すべての道具をご家族から社長が譲り受けそのまま保存してあるそうです。社長もたまにこちらでそろばんの修理や製作を行っているようです。ここで自分のそろばん、母のそろばん、みんなのそろばんが作られたんだと思うと、神殿や聖堂のような神聖な施設に来たような心持ちになりました。ここが始まりの地・・・・。深呼吸。



資材倉庫の中には、私のそろばんの兄弟分たる紫檀枠材が眠っていました。紫檀より黒檀の方が硬いので、普通は紫檀材を商品として用いません。30年以上前に永雲さんが作られてからそのまま使わず置いてあるそうで、私のそろばんの材料とは同じ一本の木だったそうです。始まりの地・・・・。

比較的安価なそろばんの生産工場(下1枚め)秘伝!ワンタッチそろばん生みの親「ソロマット」のパーツ(下2枚め)

ちなみに良質なそろばんが色々ある中で、私が玉算堂を一番とする理由が「ソロマット」です。慣れているだけかもしれませんが、ワンタッチの重さ・長さ・正確さ(二度押ししない確率)が初心者用・競技用共に随一です。他社と何が違うのかを社長に聞いてみたら予想に反して普通に教えてくれましたが、ここでは内緒にしておきます。でも、その一手間が性能を左右するんだなと思います。

定位点は鉛筆の芯と同じ黒鉛でできています。そろばんに衝撃を与え、この黒鉛が折れると浮き玉の症状が出てきます。私と父はこの「黒鉛の定位点」こそがそろばん劣化の原因であると考え、私のそろばんの定位点をアルミに替えてもらう改造をお願いしたことがあります。これについて社長に聞いてみると、珍妙な注文だったから覚えている、私が作業

しました、とのこと。このアルミはそろばんの四隅にある銀色の点の材料です。(右写真)

黒鉛は折れてしまう代わりに外して何度でも修理が効く素材なのだそうです。逆にアルミは引き抜くときにそろばんを壊してしまうので一度限りの諸刃の剣です。今後職人がいなくなってしまった場合黒鉛の修理すらできないかもしれない、それなら絶対に折れないアルミを、と考えて改造をお願いしました。私たちはこのアルミをアルミ棒だと思っていたのですが、残念なことにただの針金でした。今のところ私のそろばんは浮き玉もなく万全の状態ですが、もしかするととんでもないことをやってしまったのかもしれません。職人さんたちも私のそろばんもどうかいつまでも元気でありますようにと切に願っています。ちなみに、玉算堂社はすべての価格帯のそろばんの修理を永久保証しているそうです。それもあって現在生産が遅れているそうですが、壊れやすいそろばんを作って次を買ってもらおう、みたいな考えが一切ない職人気質なところが大好きです。


帰りに、展示してある黒檀の木に埋め込まれたそろばんに値札がついているのを発見し、売ってもらいました。この黒檀の置物、朝日プリントの山田社長のお宅・池田つね子先生の教室・サンライズ編集長高柳先生のお宅など、歴史あるそろばん関係者の家には大体置いてある強者のモニュメントなのです。昔は全国大会などでもよく売っていたそうですが、私の知る限り見たことはありません。館内の事務の方(伝統工芸士・雲文さんの奥様でした)から「ここができて30年近いけど、欲しいといったのはあなたが初めて。」とのことで少し安くしてもらい、この日お会い出来なかった雲文さんに経年劣化を修理してもらうこととなりました。なんだかんだで雲州そろばんをコンプリートできたような気がします。

瑞雲さん、玉算堂社、また同行して頂いた朝日プリント繁社長、大変お世話になりました。ありがとうございました。